コロナ禍のスペインプロスポーツ事情: 熊本女子世界選手権で銀メダル獲得のハンドボール代表コーチに聞く
Reported by 納田 康晴
欧州のコロナ禍
2020年はコロナに揺れた1年でしたが、残念ながら年が明けた2021年も、ここ欧州はコロナのニュースに明け暮れています。欧州では年末にワクチン接種が始まりましたが、イギリスで見つかった変異種の影響もあり、欧州各国で感染者数が急増中。1日の新規感染者がついに58000人を超えたイギリス(イングランド)では、1月5日から2月半ばまで外出禁止の厳格な全土ロックダウンに入りました。ドイツもクリスマス前にロックダウンに入りましたが、当初の予定を過ぎても感染拡大が収まらず1月末までの延期が決まるなど、コロナ第二波は欧州で猛威をふるっています。
スペインでは、クリスマスにかけて比較的感染者の増加が抑えられており、全土でのロックダウンなど厳しい規制はとられませんでしたが、その反動で1月に入り感染者が急増しつつあります。私の住むバルセロナがあるカタルーニャ州では、1月7日から10日間のロックダウンに入りました。昨年3月からの第一波の時のロックダウンに比べると規制は緩く、外出禁止もないため、ロックダウンと言っても“ライト”なものではありますが、2月にかけてスペイン全土でさらに感染者が増えることが予測されており、イギリスやドイツのような厳しい状況になることも十分ありえます。
昨年11月にスペイン政府は、コロナ第二波が長引くことを見越してか早々と非常事態宣言を発表しました。期間はなんと今年5月9日までの6ヶ月間というものです。非常事態宣言を受けて、全土で夜間の外出禁止令や空港での入国検査が強化されたりしましたが、第一波の時にコロナ対策の権限と対策を中央政府から各州に移譲しているため、現在は政府主導ではなく、各州がそれぞれ感染状況を見ながら逐一規制をかけて対応している状況です。しかし、このまま感染者の急増を抑えることができなければ、スペインでも2度目の全土ロックダウンが行われるかもしれません。
欧州のプロスポーツ事情
さて、そんな中、欧州でのスポーツの現状ですが、昨年3月からのコロナ第一波では、5月にプロサッカーリーグが再開するまであらゆるスポーツ活動が停止されましたが、その後、第二波の現在まで、プロスポーツ(サッカー、バスケット、ラグビー、モータースポーツなど)は無観客と厳しいプロトコルの元で継続されています。厳格なロックダウンに入り、店舗の営業や不要の外出、活動が禁止されたイングランドでも、基本的にプロスポーツは例外扱いとなっています。もっとも、試合は無観客で行われ、試合前のPCR検査で複数選手の陽性が判明したことにより試合が延期になるようなこともしばしばです。演劇やコンサートなどのエンタメや文化活動に比べると、放映権など経済的な影響がより大きいプロスポーツ(特にサッカー)は欧州では一大ビジネスであり、ゆえに比較的優遇されている気がします。しかし、同じプロスポーツでもサッカーやラグビーと比べると、マイナースポーツやアマチュアのトップレベルの選手の活動には厳しい制限が課されているのも現状です。
スペインハンドボールコーチ、ロベルト・クエスタ氏に聞く
このコラムでは、私の友人であり、数年前には一緒に日本で講演やクリニックを企画したこともあるプロのハンドボールコーチであるロベルト・クエスタ氏へのインタビューを通じて、コロナ禍でのスペインのプロスポーツのこれまでと現状をお伝えしたいと思います。
ロベルトコーチは現在33歳ですが、早くからコーチのキャリアをスタートしたため、この年齢にしてコーチ歴は長く、現在はスペイン女子ハンドボールトップリーグ(リーガ・ゲレーラス・イーベルドローラ)のKH-7バロンマノ・グラノジェールス(以下、グラノジェールス)で監督を務める一方、スペイン女子代表チームのフィジカルコーチとしても活躍中です。2019年に熊本で行われた女子ハンドボール世界選手権にもコーチングスタッフとして参加し、見事スペインを準優勝に導きました。
ロベルト氏へのインタビュー
納田:昨年のコロナ第一波の頃のクラブチームの状況を振り返ってもらえますか?
ロベルト:去年の3月までは、チームの練習もリーグ戦もすべて平常通りで、3月8日に行われたEHFチャレンジカップ(※各国のチームが参加する欧州で2番目に重要なクラブチームの大会)ではベスト8突破を決め、75年のクラブ史上で初となる欧州大会ベスト4入りを決めることができました。ところが、欧州全域でコロナの感染が急拡大したことを受け、4月に予定されていた大会の全面中止が決定され、非常に残念なことに悲願の欧州制覇は幻に終わってしまいました。同じタイミングで国内のリーグ戦も中断し、最終的に2019-2020シーズン自体の中止が決定しました。
納田:その頃のスペイン代表チームの状況も聞かせてもらえますか
ロベルト:3月19日から予定されていた東京オリンピック出場権をかけた世界最終予選に備えて(※この大会で上位4チーム中2チームに入ればオリンピック出場が決定)スペイン代表は直前合宿に入っていました。その頃は日に日に状況が変わり、毎日どうなるのかと不安な気持ちで選手たちと一緒にニュースを見ていましたが、合宿の最中に突然、協会から合宿の中止と解散を言い渡されたのです。そして、3月14日にスペイン政府が非常事態を宣言し、その後、オリンピック最終予選の延期も発表されました。さらに、3月24日には東京オリンピック自体の1年延期も発表されました。その4ヶ月前に熊本で行われた世界選手権では準優勝してチームが好調だった時期だけに、そのタイミングでの中止の決定は正直とてもショックでしたね。
納田:ロックダウンでの外出禁止期間はどんな状況でしたか?
ロベルト:非常事態宣言が出されてから、クラブ、代表ともにチームでの練習は全くできない状況でした。スペインではロックダウンは6月から段階的に解除されましたが、ハンドボールは屋内競技ということもあり、7月になってからやっと体育館での練習ができるようになりました。チーム練習ができない間はすべての選手に毎日、それぞれ個別のトレーニングメニューを送っていました。
納田:自宅での個人トレーニングを指導する上で難しかったことは?
ロベルト:自宅にトレーニング用具がある選手とそうでない選手がおり、全ての選手が同じトレーニングをできるわけではないので、選手ごとに内容を変えつつ、できるだけ家にあるもの(本や買い物袋など)を使ってできるトレーニングや、イメージをかきたてるようなプログラムを考えなければなりませんでした。また、1人でトレーニングしなければならず、選手が飽きないように毎日内容を変えたり、モチベーションが落ちないよう工夫するのに苦労しましたね。とにかく、全く先が見えない状況の中、いつ練習が再開してもいいよう、現在のフィジカルコンディションを維持させることが自分にとっては一番の課題でした。
納田:7月にようやくチーム練習を再開できるようになったわけですが、その後、今シーズンの開幕に向けて変わったことはありますか?
ロベルト:練習再開後は選手のフィジカル、メンタルも徐々に回復してきました。プレシーズン期間は厳しい規制もなく順調に練習をこなすことができ、例年どおり9月にはリーグ戦の新シーズンが始まりました。ただ、前のシーズンが途中で終了してしまったので、今季の降格チームはなしとなり(本来なら4チームが降格)、一方で下部リーグから4チームが昇格することになり、チーム数が一気に12から16に増えました。そのため、今季は1リーグ制からフォーマットが変更され、8チームずつが2つのグループに分かれてレギュラーシーズンを戦うことになり、プレーオフラウンドとして各グループの成績上位4チームずつ8チームが新たにリーグ戦を行って優勝を決めるというイレギュラーな方式となりました。
納田:欧州の大会もシーズン途中で中止となり、リーグ戦も中止となりましたが、今季の欧州大会はどうなるのですか?
ロベルト:欧州の大会(欧州チャンピオンズリーグ、EHFチャレンジカップ)は通常通り行われています。昨シーズンのリーグ戦中止時点ではグラノジェールスは今季の欧州カップ戦に出場できる順位にいなかったのですが、ベスト4に残った時点で大会が中止となったため、EHF(欧州ハンドボール協会)の特別措置により、今季もEHFチャレンジカップに出場できることになりました。もちろん、予選ラウンドからですけどね(笑)
納田:今季のリーグ戦のコロナ対策やプロトコル(規約)はどうなっていますか?
ロベルト:各州によりプロトコルは異なるため、その州の規約に従うことになるのですが、チームによって練習が再開できる時期に違いがあったりしました。幸い、わたしたちは比較的早い時期から練習を再開できましたが、他の州のクラブは、もっと遅くまで練習が再開できないところもあり、準備期間などで不公平感はあったかもしれません。試合中のマスクの着用についても州ごとにプロトコルが異なります。たとえばレオン州では、再開当初はプロ・アマを問わず屋内スポーツすべての試合中に選手のマスク着用が義務付けられており、レオン州での試合では味方の選手も敵の選手も全員マスクを付けてプレーしていました。また、州のプロトコルとは別にリーグのプロトコルもあります。まず、試合前の72時間前までにすべての選手、スタッフがコロナの簡易検査(抗原検査)を受けることが義務付けられています。検査の結果、もし陽性反応が出た場合はPCR検査を受けることになります。PCRで選手に1人でも陽性反応が出ると試合は延期となります。その場合、陰性だった選手も含め全ての選手が10日間の自宅待機となり、その間はチーム練習もできません。グラノジェールスでは10月に10人の陽性者が出て、2試合が延期となりました。自宅待機の間は外に出ることは許されず、コンディションの維持が難しかったですね。
それと、ひとつわかったことは、コロナに感染した選手は、他の選手よりフィジカルコンディションが元に戻るのに時間がかかるということです。筋肉や心肺機能にしばらくコロナの影響が残るようです。それから、カタルーニャ州のプロトコルでいうと、練習中は同じカテゴリーのチームの選手としか練習できません。トップチームとセカンドチームの合同練習や、ユースやセカンドチームの選手がトップチームの選手に混じって練習することはできないのです。もちろん、クラブ独自でもコロナ対策をしています。グラノジェールスでは密を避けるため、1つのロッカールームを全員が使うことは禁止されており、3つのロッカールームに選手が分かれて使用しています。また、リーグ戦では試合中のコーチやスタッフのマスク着用は義務付けられていませんが、チームの練習中はコーチやスタッフは全員マスクを着用するようにしています。
納田:12月に入ると欧州で再びコロナ感染が拡大し始めましたが、12月3日から20日までデンマークで行われた欧州選手権での代表チームの様子を教えてください。
ロベルト:プロトコルは非常に厳しかったですね。まず、デンマークの空港に着くと空港内で全員がPCR検査を受けさせられました。空港を出ると専用のバスが待っていてそのままホテルに直行。ホテルはチーム専用で一般の人は宿泊できません。ホテルに着くとそのまま全員がすぐに部屋に入り、翌日にPCR検査の結果が出るまでは、一歩も部屋を出ることは許されませんでした。大会中は、練習会場、試合会場への移動のためにバスに乗る以外の外出は一切禁止されており、3週間、練習と試合以外で一歩もホテルの外に出ることはできませんでした。食事ももちろんすべてホテル内です。気分転換の散歩や軽いストレッチなどのための外出ができずずっとホテルに閉じ込められていましたので、特にメンタル面でかなりストレスが溜まりました。 試合はすべて無観客で行われましたが、試合会場のコートレベルはレッドゾーンと呼ばれ、選手やコーチだけでなく、レッドゾーンにいる全ての人(審判、メディア関係者、大会役員なども)は全員、移動以外での会場と宿泊ホテルからの外出を禁止され、感染対策は徹底されていました。
納田:スペインは予選ラウンドで1勝しかできず9位という残念な結果に終わりました。1年前の世界選手戦の決勝の相手で、スペインを破って優勝したオランダも6位とふるいませんでしたが、コロナによる影響があったと思いますか?
ロベルト:コロナの感染拡大やロックダウンによる影響、練習不足などはスペインだけでなく全ての国にあてはまることで、われわれだけが影響を受けて結果が出なかったとは思っていません。その中で十分な準備をして臨んだ大会でしたので、これが今の実力だと思います。この結果を分析して、今年3月の東京オリンピック最終予選には万全で臨みたいですね。
納田:東京オリンピックといえば、実際に来年の8月に予定どおりオリンピックは開催されると思いますか?
ロベルト:現在もスペインの多くのエリアでアマチュアチームの活動や大会が禁止されており、グラノジェールスでもトップチーム以外の下部組織の選手たちは全く練習ができない状態です。ただ、幸いにもトップチームは通常通り練習ができており、リーグ戦、欧州カップ戦も継続されています。ワクチンの接種も始まりましたし、先のことが見えているので、去年の3月の時とは違って不安はありません。欧州選手権で厳しいプロトコルと感染対策を経験しましたが、東京オリンピックでも同じような厳しい対策がとられると見ていますので、それを一度経験したことで本番への対策も十分にできると考えています。まずは、3月の世界最終予選で東京オリンピックの出場権を獲得することだけに集中したいと思います。
納田:ありがとうございました。最終予選に勝ってオリンピックの切符を手に入れられることを心から祈っています。
(終)
Reported by 納田 康晴
納田康晴 1995年よりスペイン在住。日系企業駐在員から現地企業への転職を経て2006年にバルセロナで独立&起業。オフィスアドオン社を設立。 現在はスポーツをメインに日本のメディア向けコーディネーター、スペイン語、ポルトガル語通訳として活動中。 オフィスアドオンHP https://officeadon.net