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2023.03.09

宮嶋泰子、女性アスリートについて大いに語る。女性アスリート支援委員会の記事を転載(6)アスリートに欠かせない心のリカバリー ~「時には心を緩めてほしい」

連載趣旨と略歴

 テレビ朝日でアナウンサー、キャスター、ディレクターとしてスポーツ報道やニュース番組で活躍し、計19回の五輪現場取材を通じて多くの内外有力選手を密着取材してきた宮嶋泰子さん(一般社団法人カルティベータ代表理事)に、女性特有の悩みを抱えながらも世界の頂点を目指してトレーニングに励んだ女子トップ選手の知られざる苦心・奮闘ぶりを語っていただきました。スポーツドクターの先駆けとして長年活動され、国立スポーツ科学センター長なども歴任された「一般社団法人女性アスリート健康支援委員会」の川原貴会長にオブザーバーとして参加していただきました。

 

宮嶋泰子(みやじま・やすこ) テレビ朝日にアナウンサーとして入社後、スポーツキャスターを務め、スポーツ中継の実況やリポート、ニュースステーションや報道ステーションのスポーツディレクター兼リポーターとして活躍。 1980年のモスクワ大会から平昌大会まで五輪での現地取材は19回に上る。2016年に日本オリンピック委員会(JOC)の「女性スポーツ賞」を受賞。文部科学省中央教育審議会スポーツ青少年分科会委員や日本スポーツ協会総合型地域スポーツクラブ育成委員会委員、JOC広報部会副部会長など多くの役職を歴任。20年1月にテレビ朝日を退社、一般社団法人カルティベータ代表理事となる。

アスリートに欠かせない心のリカバリー
~「時には心を緩めてほしい」~―女性トップ選手の苦心・奮闘を密着取材 宮嶋泰子氏―(6)

 テレビ朝日でアナウンサー、キャスター、ディレクターとしてスポーツ報道やニュース番組で活躍し、計19回の五輪現場取材を通じて多くの内外有力選手を密着取材してきた宮嶋泰子さん(一般社団法人カルティベータ代表理事)に、女性特有の悩みを抱えながらも世界の頂点を目指してトレーニングに励んだ女子トップ選手の知られざる苦心・奮闘ぶりを語っていただきました。スポーツドクターの先駆けとして長年活動され、国立スポーツ科学センター長なども歴任された「一般社団法人女性アスリート健康支援委員会」の川原貴会長にオブザーバーとして参加していただきました。


カルガリー冬季五輪・スピードスケート女子500メートル、39秒74で5位入賞を果たした橋本聖子さん

カルガリー冬季五輪・スピードスケート女子500メートル、39秒74で5位入賞を果たした橋本聖子さん

 ―宮嶋さんが数多くの女性アスリートを取材された中で、最も印象に残り、素晴らしいと感動した選手は誰でしょうか。

 「それはとても難しいですね。アスリートってすごいなあと思う反面、最近たまたま読んだアスリートの体験談が語られた米国の本で少し考えを変えたところもあります。体操競技は痛いことの連続です。どこか打って痛めるとか、どこか体の一部が痛いとか、それを我慢してどうやってやるかというと、『痛みを忘れて、痛みをシャットアウトさせることが日常的になっているから、心が動かなくなる』と書かれていました。

 私は橋本聖子さん、岡崎朋美さんをはじめ、多くの選手のトレーニングを見てきました。橋本聖子さんも『これが普通だと思えばいいんです』と言って、錘(おもり)が入ったシューズでトレーニングをしていました。そういう辛いとか、痛いとか、人間にとってきついことを我慢して、それを乗り越えるところに自己満足があって、それで記録が伸びるかもしれないし、体もつくれるかもしれません。本当はそうなのかもしれませんが、それを時には緩めてあげることも必要ですし、心までそういうことを我慢するのは危険だなと最近思い始めました。

 辛い、きついのが当たり前だというのがアスリートのトレーニングかもしれません。それで得られるものもあるけれど、それをリリースしてあげる時間がアスリートにこそ必要なのです。これが心のバランスです。今、メンタルヘルスが大切と言われておりますし、IOC(国際オリンピック委員会)もメンタルヘルスの重要性を唱えるようになりました。

 テニスの大坂なおみさんとか体操のシモーヌ・バイルス(米国)選手もそうですが、メンタルヘルス面の影響で競技を中断せざるを得ないという事象が目の前で出てきました。そういう大きなストレスを抱える日々を過ごしてきているから、アスリートこそ、それを緩めてあげないといけません。リカバリーというのは単に体のリカバリーだけではなく、心のリカバリーも含めているのです。それを指導者にも理解してほしいです」

 川原会長 マラソンのトップ選手を見ていると、監督が見ていないと練習をどんどんやり過ぎて壊れてしまうようです。逆に、どこかで止めて、選手にセーブさせることができる指導者になってほしいですね。指導者が見ていないときは、さぼるくらいの余裕が選手にあってもいいと思います。

 ◇コーチとのいい関係と対話が重要 瀬古氏が得た教訓

1983年、第18回福岡国際マラソン・3年ぶり4回目の優勝に喜び合う瀬古利彦さん(左)と中村清監督

1983年、第18回福岡国際マラソン・3年ぶり4回目の優勝に喜び合う瀬古利彦さん(左)と中村清監督

 「瀬古利彦さん(日本陸連副会長)との対談の中で、これは大きな言葉だなと思ったのはコーチとの関係です。瀬古さん、現役時代と今の性格で、見た目でこれだけギャップがある人を私は知らないです。瀬古さんは『実は僕は、吉本興業の座長になりたかったんです。こういう仕事、人を笑わせるのはいいなと思っていました』と打ち明けました。現役時代、あんな真面目な顔をして、修行僧と言われていた人とは今は全然違いますよね。瀬古さんが中村清監督から『お前のようなギャグばかり言っている性格だと、(当時ライバルだった)宗兄弟にそれを知られるとなめられるから、なめられないようにしゃべるな』と言われたそうです。瀬古さんは『自分自身を偽っていた。今思うと、あれがいけなかった』と話してくれました。

 ロサンゼルス五輪に話は変わりますが、フィジカル面だけでなくオーバートレーニングのために、五輪本番1週間前に血尿が出たことばかりメディアは注目しましたが、元をたどっていけば、人間は自分自身をさらけ出せずに偽っていると、どこかにゆがみが出てきます。瀬古さんは『今考えると、それが一番いけなかった。普段の自分じゃないんだもの』と言いました。自分であるためには何が大切かというと、それはコーチとのいい関係です。上下でなく横の関係で常に対話することです。

 柔道の嘉納治五郎師範が言っていた四つの言葉があります。形、乱取り、講義、そして最後は問答です。この問答が一番大切で、今求められているものだと思います。瀬古さんは『中村監督からいろいろ教えられましたが、考えたら自分から何も言わなかった。やはり会話がすごく重要なんですね』と言っていました。女性のケースではないですが、これってすごい示唆に富んでいると思います」

 ―今のお話は女性アスリートにも当てはまる、とても大切なことだと思います。

 「女性だと監督に良く見られたいとか、気に入られたいとか、自分を偽るケースが出てきます。いい子でいるようになってしまいますね」

 ◇「選手は客観的に自分を判断できない。それを見極めるのがコーチの役割」(川原会長)

 川原会長 瀬古に血尿が出たとき、私も事前に知っていました。あの時、佐々木七恵と中村監督が先に米国に行っていたため、瀬古は一人で練習をやっていました。監督がいない間に血尿になってしまったようです。暑い中で無理して練習していたことが原因です。その後、ソウル五輪でも瀬古は本番に向けた調整でオーバートレーニングとなり、再び失敗してしまいました。「トップで10年近くもやっているのに、自分のコンディションが分からないのですか」と瀬古に聞いたら、「中村監督は他の選手のことはよく分かるが、自分(瀬古)のことは分からないんです」。

 この言葉を聞いて、「なるほど」と思いました。選手は自分のことを客観的に判断して、こうすべきということが難しいのでしょう。そこは、コーチの役割です。選手が主体であって、コーチが見ていて、これ以上やらせてはいけないと見極めることが大切だなと実感いたしました。

モントリオール五輪で優勝した女子バレーボール代表選手らをお茶の会に招き、健闘をねぎらう昭和天皇、皇后両陛下(左から5人目が山田重雄監督)

モントリオール五輪で優勝した女子バレーボール代表選手らをお茶の会に招き、健闘をねぎらう昭和天皇、皇后両陛下(左から5人目が山田重雄監督)

 ―女性特有の悩みがある中で頑張っている女性アスリートが自分を客観的に見ることができないからこそ、周囲がアシストしてあげられるよう、NFをはじめ日本の社会全体が取り組まないといけないですね。

 「チームスポーツですと、バレーボールもそうですが、監督が恋人みたいな存在になっているケースもあります。それを上手に使ったのが山田重雄さんです。『君だけが頼りだよ』と全員に言っていました」

 ―そういう個性豊かで女性アスリートのことを思って接する指導者はなかなかいないですね。

 「先日、バレーボールの斎藤真由美さんに話を聞きました。各国で指導をされていたセリンジャーという監督について斎藤さんは『彼は素晴らしい監督です』と言っていました。斎藤さんは交通事故で顔面何十針も縫って再起不能と言われていましたが、斎藤さんが復帰した試合の時に、相手のダイエーは敵なのに、優勝インタビューでセリンジャーは『今日は私たちが勝ったことより、斎藤が戻ってきたことに拍手を送りたい』と、聞いたら涙が出てきちゃうようなことを語ったそうです。その後、米国に戻っていたセリンジャーに『お願いします。絶対に日本に来てください』と呼びかけたのが斎藤さんです」

◇「引退後もスポーツに関わる人生を歩んでほしい」
  自分の取材人生で出会えた最高のアスリートは小平奈緒

宮嶋さん

 ―宮嶋さんのお話は、女性アスリートだけではなくスポーツを愛する選手にとって、必ず参考になると思います。

 「もう一つ付け加えていいですか。これまで私が見てきたトップアスリートと言われる選手って、意外とリタイアしてしまうとスポーツと縁を切る方が多いのです。バレーボールの金メダリストでも『もうボールなんか見たくもない』と言う人もいます。五輪で金メダルを目指すような人たちにとって、トレーニングは楽しいことばかりではなく、辛いこともたくさんあったろうし、いろんな思いがあるに違いありません。

 でも、スポーツをする喜びを持ち続けてほしいし、引退後もスポーツに関わる人生を歩んでほしいです。『ボールを見たくもない』からキッパリ止めてしまうようにはならないでほしいですね。そのためには、いい競技生活を送らないといけないということです。その後のためにも。無理やりやらされて『もうこんなの嫌だ』ではなく、進んでスポーツに取り組んでほしいです。

全日本距離別スケート・引退レースの女子500メートルを滑る小平奈緒さん(10月22日)

全日本距離別スケート・引退レースの女子500メートルを滑る小平奈緒さん(10月22日)

 スピードスケートの小平奈緒さんが面白いことを言っていました。ハラスメントのことを質問したときに、『今やっている重いバーベルを挙げるトレーニングがハラスメントだと思えば、こんなすごいハラスメントはない』と。これって辛い極地じゃないですか。でも『これは強くなるために自ら進んでやっていることだと思えば何ともない』と言うんです。そのプロセスで一つひとつ学びを得ようとしている小平さんは、私の取材人生の後半で出会えて良かったと思う選手です。

 それは、彼女が単に強くなろうとしているだけではなく、そのプロセスでいろいろ工夫しながら学んでいこうとしているからです。子どものころの夢は学校の先生になることだったそうですが、自分を豊かにしていくためにこのスポーツをやっているという姿勢が、どんな場面でも感じ取れました。先ほど、最も印象に残った選手は誰ですかと聞かれましたが、小平さんがその答えになります。小平さんは、本当にいろいろ工夫していました。スポーツって、もちろん勝ちたいと思って練習に励むのだろうけど、それをすることで自分にどれだけいろいろなものが得られるのか、そう思ってやるのが人生ですね」

 ―本日は大変貴重なお話をしていただきました。宮嶋さん、川原会長、ありがとうございました。(了)

 宮嶋泰子(みやじま・やすこ) テレビ朝日にアナウンサーとして入社後、スポーツキャスターを務め、スポーツ中継の実況やリポート、ニュースステーションや報道ステーションのスポーツディレクター兼リポーターとして活躍。 1980年のモスクワ大会から平昌大会まで五輪での現地取材は19回に上る。2016年に日本オリンピック委員会(JOC)の「女性スポーツ賞」を受賞。文部科学省中央教育審議会スポーツ青少年分科会委員や日本スポーツ協会総合型地域スポーツクラブ育成委員会委員、JOC広報部会副部会長など多くの役職を歴任。20年1月にテレビ朝日を退社、一般社団法人カルティベータ代表理事となる。

(2022/11/11 05:00)

宮嶋さん





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