2020年2月22日開催
第15回女性スポーツ勉強会より 報告 その4:高尾美穂産婦人科医師編
第15回女性スポーツ勉強会のテーマは「2020オリンピック・パラリンピックイヤーだからこそ考えよう。スポーツにできること」というものでした。ご登壇いただいたのはSDGsの専門家でいらっしゃる田瀬和夫さん、IOC(国際オリンピック委員会)とIPC(国際パラリンピック委員会)で教育委員を務める長野パラリンピックアイススレッジ金メダリストのマセソン美季さん、リオデジャネイロオリンピック柔道金メダリストで現在筑波大学大学院を卒業された田知本遥さん、産婦人科のスポーツドクター高尾美穂医師、そして総合コーディネータはカルティベータ代表理事の宮嶋泰子でした。
高尾医師からは昨年11月にケニアのナイロビに視察に行った時のことをご講演いただきました。アフリカの女性の妊娠出産から見えてくる未来の世界の在り方など、とても興味深いお話が満載でした。
高尾美穂氏
東京慈恵医大大学院修了後、慈恵医大病院産婦人科助教、東京労災病院女性総合外来などを経て、イーク表参道副院長。イーク表参道では女性のための統合ヘルスクリニックの婦人科部門責任者として女性それぞれのライフステージ・ライフスタイルに合った治療法を提示し、選択をサポートしている。国立スポーツ科学センター女性アスリート育成・支援プロジェクトメンバー。2003年にヨガと出会い、ケンハラクマ氏に師事。毎日ヨガのプラクティスを欠かさないyoginiでもある。ヨガの世界とスポーツの世界を近づけるための取り組みにも力を入れている。
ケニアのナイロビで行われたサミット
昨年11月にケニアのナイロビに妊産婦の視察に行きました。今回このご縁をいただいたのはジョイセフ(JOICFP)というNGOからで、女性の妊産婦死亡を減らそうという活動をしているところです。この安全と衛生が確保できるようになった時代に、妊産婦の死亡はゼロにはなっていません。日本でも10万件のお産当たり4人は亡くなるという現実があります。現状、間違いなくゼロにはできない。年間90万人弱のお産があるので、掛け算すれば、その人数は想像できますね。世界を広く見てみると、日本の約100倍以上の確率でお母さんが命を落としている国もあります。それをなんとかしたいという活動がジョイセフというNGOの機関です。私に声をかけてくれたのが、この勉強会で縁のあった整形外科のスポーツドクター中村格子先生です。
ナイロビサミットを知っていますか? 今回の会議の25年前に、エジプトのカイロで、世界人口会議が行われました。世界の人口は爆発的に増えると予想されるため、どんなことができるか、そのためにどうするかを協議する目的でした。日本の人口は減ってきていますがが、世界の人口は増えています。その時から25年を経て、これまでを振り返るためにナイロビでサミットが今回行われました。この共催は、UNFPA(United Nations Population Fund 世界人口基金)、ケニア政府、デンマーク政府です。なぜデンマークかと不思議に思って調べてみると、女性の健康や活躍に対してものすごく力を入れていることが判りました。ジェンダーギャップ指数では、世界153か国のうち、日本は昨年よりもさらに悪く121位でしたが、デンマークは14位です。女性が活躍する、自分が思うような人生を歩めるようになるための取り組みを続けている国が世界にはあるのだということです。こういったことに力を入れているからこそ、ケニアで行われるにも関わらずデンマークという国がこのサミットの共催をしているわけです。
このような中で、このサミットテーマは3つ。
- 家族計画サービスへのアクセスがみたされない状況
- 予防可能な妊娠・出産による妊産婦の死亡
- 児童婚などの有害な慣習とジェンダーに基づく暴力。
日本ではちょっとイメージしにくいかもしれませんが、例えば、少女に対する暴力、性器を削り取っている現実がまだ世界の国ではあります。
最後のフィナーレがとても感動的でした。会場にやってきた9歳のケニアのスラムで暮らす女の子が、ケニアの大統領に「このサミットで、自分たちはもう困らなくていいと約束してくれました。」と言った。そして大統領は「約束したよ。」と答えたのです。女の子として、社会人として困らない。教育や安全が守られるという約束でした。
1970年代に生まれてきた私ですが、その頃における世界での日本の立ち位置と、今の立ち位置では大きく異なってきていると感じます。簡単に言えば、経済的な力、周りの国への影響力、あとはリスペクトされているかどうか、などです。残念ながら、日本は世界における立ち位置が落ちてきています。また周りが上がってきているとも言えます。
ケニアの妊産婦の現状
NGOジョイセフ(JOICFP)の活動ではI LADYの頭文字からLOVE自分の人生を愛して、ACT自分でアクションを起こして、DICIDE自分で決めていこうと訴えています。
ケニアはアフリカの一つの国ですが、妊産婦死亡率が日本より約100倍もリスクがあるんです。しかし、アフリカの他の国よりもまだ相当ましです。なぜ、妊産中から産後にかけてお母さんたちが亡くなるのでしょうか。たぶん、感染症だろうと当初は思っていました。不衛生な場所での出産だからだろうと。日本における妊産婦の死亡の一番の原因は、妊娠中から産後にかけての出血多量です。ケニアの実際の妊産婦死亡の理由は若すぎる年代における妊娠、でした。幼くして妊娠してしまうと、安全な分娩にアクセスすることができず、命を落とすということです。詳しくは後で説明します。
ケニアにおいては、日本からの資金を使って妊産婦の女性の命を守る取り組みが続いています。もちろん、この考え方にもSDGsが盛り込まれています。NO.5「ジェンダー平等を実現しよう」です。「男性は一度も妊娠出産はしない。女性だからこそ経験しなければならないことで命を落とすというのは、イクオリティー・平等に反する」という考え方です。
課題というのはたくさんあります。実際に活動しているものは、教育。まず言葉。話していることを理解する、文字を理解する、書ける人を増やす。最後にアフリカにいて英語ができるようにする。
人口の増加に対してできる最も効果的なことは、簡単に言えば、どうずれば妊娠せずに済むかということです。だからこそ、プログラムの目標である、より多くの対象地域の女性が、質の高いセクシュアル・リプロダクティブヘルスサービスを利用することが大切となります。ただ、私たち医療職が教育に携わらないといけないのかという疑問が残ります。答えとしては、ケニアにおいては、しっかりと医療職から教育を受けた人が、正しい知識を伝えればそれでいいんだということです。もちろんその通り。
それから、ちゃんと医療を受けられるようにする。10年前と比べれば、今は少しずつ安全な分娩ができるようにはなってきています。そして今もなお活動は続けられています。
ケニアでの見たクリニックの様子
この写真を見てください。車が渋滞している中を歩いて、水をかかえています。水をかかえているだけではなく、タオルやオレンジを抱えて、車の窓ごしにドライバーに売っている。これがわずかな現金収入である現実を見ました。
そして、FHOK(Family Health Options Kenya)のクリニックがある。これはケニアの保健協会が独自で運営しているクリニックです。今回このクリニックには、日本の資金が多く投資されています。日本のある企業が、ケニアの女性のために資金を投資しています。この写真に写っている女性は医者に見えますが、実はナース・看護師です。ここでは、医者がいなくてもクリニックを運営できています。そして、患者がわんさかいる。
ここのクリニックにはなんでもある。ピルもある。分娩環境は清潔。設備もばっちり。胎児心拍測定もできていた。妊婦検診もエコーにより実施できていました。
万国共通、子どもは宝。そしてこの写真に写っているお母さんは母子手帳を持っていました。母子手帳は日本が発祥です。日本で使われ始めたこの母子手帳をジャイカを通じてインドネシアの医師が広めていって、今では40くらいの国で使われています。このお母さんの母子手帳を見てみると4回目の妊娠でした。日本の合計特殊出生率は1.4です。2.04を切ると人口は減っていきます。ここケニアでは3.8です。一人のお母さんが4人産むのが一般的ということです。このお母さんには家族計画が必要です。このクリニックの2階では、どうやったら妊娠が成立するのか、どうやったら妊娠しないで済むのかを無料で教えています。クリニックに来た若者に声をかけて教えているんです。日本においてはこの仕組みは出来ていません。今の時代はネットからでも情報は得られる世の中ですが、学校でも学校以外でもそういった教育は必要です。
そして、ここケニアでは子宮頸がん検査も一応啓蒙されていました。日本での子宮頸がん検診の受診率は約40%。アメリカでは85%。この大きな差は、最終的には病気になって困ったら病院に行けばいいという考え方が生んでいます。でもケニアにおいてはこの受診率は3%。子宮頸がんに対する対策というのはケニアの国では次のステップなんでしょう。ケニアの女性は病院に行くことを嫌います。病院に行くとみんな死んでしまうと思っているからです。でもそれは、死んでしまうくらいになるまで病院に行かないという現実があるんです。
「MY FP CHOICE MY RIGHT」というポスターが貼ってありました。これは、私たちが自分で選ぶ家族計画の方法は私たちの権利だよという意味です。ピル、インプラント、女性用コンドームなどがおり、ケニアではいろいろなところで啓蒙されています。日本にはいくつあるでしょう? 男性用コンドーム、ピル、膣内に入れるリングはあります。昔あった女性用コンドームは今では無くなってしまっています。ケニアでそのことを話すと日本なのにないの?ととても驚かれました。
ケニアのスラムの現状
そして、アウトリーチという活動です。こちらから出向いていくこと。スラムに住む人たちに直接接触することです。この活動のすべてが無償で提供されています。どうしたら妊娠せずに済むのかをたくさんの人に聞いてもらいます。端的に「子供がたくさんいると貧乏だよ。」といった伝え方をしています。子供がたくさん生まれると貧乏になるからどうしましょうか。では、自分で注射しよう。それから皮下に埋め込むインプラントという方法も継続的に避妊ができます。
子宮頸がんの検査は当日は結果が出ないので、アウトリーチ先では意味がないので、子宮の入り口を染めて怪しいか怪しくないかを目で見て判断しています。これがスクリーニングになっています。
この場所に行くときは、安全に活動ができるようにと2人の警察官が警備してくれました。本当のスラム街に行きました。雨が降らなくてよかったと思う地面。お手洗いもお金を払って入るトイレもひどかった。シャワーはどうしているのかと聞いたが返事がなかった。一つの部屋6畳に大家族が過ごしている。そして初めてわかったことは、小さな子供たちが寝ているときにお父さんとお母さんが性交渉をもつ。その性交渉を小さな子供たちは見てしまう。その結果、9歳で妊娠することが普通にありうる。そして低年齢で妊娠出産するから、妊産婦の死亡率があがる最大の理由を生んでしまっている。感染症ではなく、本来妊娠出産する年齢ではない幼い子供が、妊娠出産するため、安全な妊娠出産経過を辿れずに亡くなってしまうことで妊産婦の死亡率をあげていたということがわかったのです。だからこそ、家族計画というものが大切だと思いました。これがケニアをはじめとする一般的なアフリカ諸国における問題点です。
ケニア女性のスポーツ
日本からの支援はいろいろな形でお金が動いて、国際的に活動している団体がいくつもあり、こうして現地の活動を支えています。
例えば、ケニアでスポーツってどんなですかと聞かれました。ケニアでスポーツしている人はごくわずか。たまたま早く走れると気づいてもらえた人だけがスポーツをして生きていけます。3月8日国際女性デ―に合わせて、ホワイトリボンランという活動を続け、実際にケニアで走ったりしています。こうした仲間に出会えてよかったと思っています。
今回たまたま日本が支援してできる女性センターがケニアにできますが、そこでの仕事を受けることができ、今年も11月にケニアに行く予定です。これはきっとご縁だと思っています。今年こそは大好きなフラミンゴをケニアで見るぞ!と決めています。
3つのゼロを知ってほしい
最後に、3つのZEROを知ってほしいです。
一つは、予防可能な妊産婦死亡をゼロにしよう。
二つ目は、ファミリープランニング(家族計画)へのアクセスをよくしよう。知識のない人をゼロにしましょう。これは日本の皆さんにも問いたいです。簡単に言えば、ピルを手に入れる方法、ちゃんとコンドームを使うことができるか、緊急避妊の方法を簡単に手に入れることができるか。他の避妊方法はなくていいのか、こういったことは日本でもまだまだ議論していかなければならないのではないでしょうか。
三つ目は、妊産婦死亡率をゼロにしよう。これについては日本は世界に誇るべき数字を持っています。ただ、昔からそうかと言えばそうではない。自宅で95%の分娩が行われていた1950年代は、10万人あたり161人死亡していました。これが1952年に血圧下げる薬が使えるようになって154人。1966年から母子手帳を使ってお母さんの健康を守るということができるようになって83人。1970年には自宅での分娩が4%まで減って、48人。1990年には輸血の供給体制が確保されるようになって8人。母子集産センターを作ることによってお母さんと子どもを安全に守ることができるようになって、2000年には10万件の分娩あたり6人まで減りました。
こんなに妊産婦死亡率では先進国なのに、日本でできていないことがあります。本当にファミリープランニングについて学べているでしょうか。自分の人生を自分で選択できているでしょうか。そういったことをこれからもみなさんに問いかけていきたいです。
日本について感じたこと
最後に日本について感じたことをお伝えしましょう。世界各国にいる女性の強烈なオピニオンリーダーの存在です。私たちはもっと自分の意見というものを社会に貢献するために伝えていく必要があります。本当にスポーツで世界的な活躍をしている人がいますが、こうした人が普通の人になっていくのは本当に惜しいです。スポーツの世界からリーダーシップを取れる人をもっと増やしていきたい。
2番目に感じたことは、ケニアの若者はきらきらしていた。自分がこんなことをしたいということを熱く伝えてくれました。ただ、日本の若者がきらきらしていないのは若者だけのせいではありません。若者と大人の境目はいつなのかの定義も曖昧だし、私自身はまだ若者だと思っています。そう考えると私たち自身がもっときらきらしたい。そして、もう一つ、医療職はもっと役に立てるはず。看護婦さん一人だって、薬剤師さんだって、もちろん私たち医師も。
まとめとして
今回、私が経験したことと女性スポーツとの共通点についてですが、私たち女性にとっては、いろんな権利を獲得してきたという歴史があります。例えば、政治に参加する権利、スポーツに参加する権利、女性特有の疾患で死なない権利もしかり。そういった活動をしている人は、今は同じところに向かっているけれども、お互いの接点は持っていない。スポーツにおけるジェンダーイクオリティ(男女平等)は、1994年に採択されたイギリスでのブライトン宣言からスタートしています。この宣言があるにも関わらずイコールペイ(平等な給料)と叫ばなければいけなかったワールドカップで優勝したアメリカ代表の選手たち。私たちは次にどんなことができるのでしょうか。SDGsの5番目にある目標「ジェンダーイクオリティ―」に関しては、もっと考えていきたいテーマだと思っています。