『違和感』の少子化対策 <フランスから見た日本>
Report by 祐天寺りえ
フランスのニュースキャスター達の開いた口が塞がらなかった、 日本の「出産すれば奨学金返済を免除」案
フランスでの日本への好感度は、驚くほど、そして嬉しいほど高い。
「Manga(マンガ)」や「Sushi(寿司)」だけではなく「Bonsai(盆栽)」「ShinrinYoku(森林浴)」「Bento(弁当)」「Zen(禅)」「Kintsugi(金継ぎ)」・・・そのままフランス語になる日本語は毎年増え続けているし、日本人の謙虚さや人の良さ、勤勉さや親切なイメージ、お辞儀や笑顔といった国民性についてもフランス人は賞賛。
おかげで初対面でも日本人だと知った途端に信用、たちまち笑顔で対応され、得をすることがとても多い。
一方、日本政府や政治、政治家のことになると関心度はきわめて低く、話題になることはほとんどない。それが珍しく、今年3月、朝の全国ニュース番組で岸田首相の映像が流れた。
「ついに出生数が80万人を割った日本では、出産する女子大学生への奨学金返済免除を検討すると政府が発言」
キャスターは男女共に口をアングリと開け、何秒か無言。
まさに「開いた口が塞がらない」状態が続いたが、数秒後、皆、気を取り直し口を閉じ、しかしコメントはなし。次のニュースに画面は変わった。
他局の報道もリプレイで見てみたが、やはりコメントはなく、ただ「信じられない」と首を小さく振ったり「やれやれ」という表情で別のニュースを読むために手元の紙を捲り始めたり。あるいは天井を仰ぎ見たり、目を瞑って瞑想に逃れたり。どれも呆れ果てたジェスチャーのみで終わっていた。
そのようにテレビはノーコメントでスルー。「議論に値しない」と判断したり「時代錯誤で低レベルな話題」であることを示したけれど、文字にすることが使命の新聞やネット誌面は
「つまり奨学金を身体で返せということか」「まるで家畜扱い」
と怒りをこめて綴り、ただ、やはり「詳しく書くに値する話題ではない」という態度を表明。どれも短い記事で片付けられていた。
ココで一旦、軽く自己紹介させていただくと・・・
私は子ども3人(現在28歳、24歳、22歳)のシングルマザーだが、在仏29年、日本で子育てしたことはないので何を書いても日本とは次元は異なり、それこそ「異次元な物言い」になってしまうかもしれない。
ただ宇宙飛行士の野口氏や星出氏と同乗したフランスのトーマ・ペスケが
「自分が地球上にいたら気づけずにいた問題を、遠く宇宙からはクリアに眺められた」
と言ったように、もしかしたら異国からの方が鮮明に見える母国の問題も、いくつかはあるのかもしれない。
フランスの少子化政策については既に記事にし、似たようなことを繰り返し書いてもクドくなるだけなので、今回は「フランスとの違いで肝心なところは、ココなのでは?」と個人的に感じている部分を列挙。日本政府への批判になるかもしれないが「愛国心」からの発言。無礼をお許しください。
※フランスの少子化政策。私が子育てするのに実際に助けられた家族制度の詳細にご興味ある方は、こちら↓
パート1 オピニオンプラスNo40冬号
パート2 オピニオンプラスNo41春号
https://books.rakuten.co.jp/rb/17483968/?variantId=17483968
https://books.rakuten.co.jp/rb/17483968/?variantId=17483968
まるで「産めよ、増やせよ」の戦時中?!「お国のため」に産む国民などいないのに・・・
それにしても、この「違和感」は何なのだろう?
それを知りたく『異次元の少子化対策』を検索。読み進むうちに、次第に吐き気すら覚えるほど「違和感」は「不快感」に変わっていった。
「少子化対策のために出生率をあげなければ」「このままだと将来、日本は大変なことになる」と騒ぎ、「今までとは異なる、本腰を入れた、すなわち『異次元』の少子化対策を行います!」そう宣言することは、「国のために産んでください!」と叫んだ、今から82年前、戦時中の「産めよ、増やせよ」と、とても似ている。
「事実、政府が少子化対策に力を入れなければいけないのは、国の経済のためなのだから仕方ない」と政府側は言うかもしれない。
でもだからといって、それを声高に叫ばれても、今の時代「そうですか。では母国のために産みましょう」と従う人間などいるのだろうか。
「フランスの少子化政策」を参考。 でも見落としている、フランス政府の「手法(やり方)」
日本政府も北欧やフランスなどの政策を研究。
不妊治療への回数設定や所得税「N分N乗方式」の導入検討など、有効そうなものはどんどん取り入れようと努力している。
ただ残念なことに「手法(やり方)の違い」には気づいていない。
フランス人は気難しく、面倒で扱いにくく、可愛げなく、「従順」とは程遠い、実に手ごわい国民だ。
「文句を言う達人」だし、権力には反抗的。聞く耳を持とうとしないし、何に対してもとりあえずは歯向かい、天の邪鬼で頑固。「人それぞれ」と「自由」が大好きで、洗脳や統制の気配を感じたら速攻で群れから離れようとする、極めて「バラバラ」で「勝手」、厄介な人達なのだ。
フランスのデモやストライキ風景は日本のニュースでもよく流れているが、あれも「一致団結して政府に抗議している」わけではなく、おのおの異なる主義主張を叫んでいるだけ。
そんな彼らに、もし「少子高齢化が進めば国は確実に破綻する。だから産んでくれ」と唱える少子化政策をおこなっていたら、どうだったろう。
「国が破綻する?それをどうにかするのが政府の役目だろう」
「国や社会のために産むなど、時代錯誤の発想。家族や親のためですらない。産むのはあくまでも自分のためだ」
と、たちまちシラけ
「生みたいと思っていたけれど、なんだか嫌になった。やめよう」
と逆効果まで生じていたに違いない。
少子化対策を声に出して促すなど「あからさまで野暮」「無神経で無作法」 気高くデリケートなフランス人達が受け入れるのは「水面下での至れり尽くせり」エレガントな政策
ではフランス政府はどのように少子化政策を推進、成功させたのか(現在、北欧諸国を抜き、先進国でトップの出生率)。
「産んでも大丈夫」と、子どもを持っても生活の質が下がらないための制度。
「産んでくれさえすれば、あとは国が育てます」と、親の経済力に左右されることなく、子どもが充分な教育機会を得られる制度。
それらをここ30年間で必死に整え、しかしその間「産めば〇〇ユーロ、支給」などという「えげつない発言」を政府がすることは、ご法度。
不妊治療したい人、妊娠した人、離別でひとり親になったり、大学進学や留学を考える人など、当事者それぞれが調べて制度を知ったり、または通知が来て自動的に銀行口座に支給金が振り込まれたり。
制度はあくまでも水面下で分厚く根深く推進され、それは今も足踏みすることなく続いている。
18年前に離婚し、子ども3人を抱えて途方に暮れていた私も、離婚を申請した途端に「ひとり親への支援金」が毎月振り込まれ始めて驚嘆。
家族制度の手厚さに感謝したが、周りのフランス人達は「それは国の義務&国民の権利」という態度。ここ30年で飛躍的に整備した政府の功績についても、同様に常に冷ややか。褒めることは皆無。
逆にもし「⚪︎⚪︎しますから、皆さん産んでください!」などと政府が言おうものなら、たちまち「野暮で無作法、無神経でエレガントさに欠ける発言」としらけ、「私達を子を産む家畜や道具扱いするのか」と反撃もしたに違いない。
フランス政府の少子化政策が的ハズレにならず 「直球型」を投げ続けられる理由
フランスも少子化政策には80年もの年月を費やし、最初の50年は「的ハズレ」な政策ばかりで失敗。成功し始めたのは、直球型になったこの30年のことだ。
どうして直球を投げ込めるようになったのか。
投手(担当スタッフ)を若手に変えたからだ。
議員や大臣の男女数が半々であるフランスの「パリテ法」については、日本でもよく紹介されている。
けれど、数よりも注視すべきは、日本政府との大きな違い
「大臣達も男女ともに皆、共働き」
であること。
マクロン大統領の伴侶ブリジットも、自分の仕事を持ち、例えばワイシャツをクリーニングに出すなど、夫の身の回りの世話をする暇などあるはずもない多忙ぶり。
20〜40代だけではない。50〜70代の大臣達も皆、男女ともに共働きだ。
そして「年齢バリエーション」制度も、日本政府との大きな違い。
20代から70代まで各世代がバランスよく配置され、さらに人種や職歴も様々。
そうしなければ「各世代」や「各立場」に直球を投げることは不可能だからだ。
文部省には教員を、スポーツ省には元オリンピック選手やプロ選手を大臣に起用。アフリカから移民した貧しい大家族で育った20代女性が青少年教育&職業大臣であり、保健省大臣にはコロナ禍に救急病院で勤務。看護師たちの苦悩とワクチンや医療機器の問題を自ら味わい熟知している医師が就任している。
また、若ければいいとは限らないとも考え、北欧のような「若返り」推進はせず、たとえば防衛や経済には経験・知識豊富な60代70代の大臣を登用。
逆に少子化問題に関する委員会のメンバーは、子を産む当事者世代である20代、30代、40代の男女がメイン。
まさに「適材適所」。直球を投げられる投手を配置している。
私も58歳なのでわかるが、50代以上の私たちは「身体的事情などがなければ産むことが当たり前」で、せいぜい「産むタイミング」に悩んだ程度の世代だ。
そんな『異次元世代』がいくら知恵を絞っても、「産むか産まないかを迷ったりチョイスする」今の世代に対しては「的はずれ」な球を投げがち。
日本も少子化対策については、すぐにでも20〜40代の男女に舵取り&決済役を任せ、50代以上はフォローや補佐に徹するべき。まずはそれが最速の推進法になるはずだ。
「産むか産まないか迷っている人」を勧誘する前に「産みたいのに産めずにいる人」を全面支援が『先決』
不妊治療についても、日本政府はフランスの制度を参考に支援金や保険適用など改革を進めている。ただフランスとの大きな違いは、病院の公立と私立の割合。
医学部も全て国立。授業料なしで医師になれるフランスでは、私立病院もあるが、たとえば出産に関しては9割以上のフランス人が公立病院で出産。出産支給金で全額賄え差額は発生しないので、無料で子どもを産んでいる。
不妊治療も同様。全国にある100前後の指定専門病院には私立クリニックもあるが、その場合も回数内であれば100%国保でカバー。自腹を切る必要はない。
そもそも結婚しても必ずしも子供を産むとは限らない今の時代。
それにもかかわらず「結婚支援事業」で助成金を出すなど、それこそ「結婚→子を持つ」をイメージしてしまう高齢政府の発想。
それら助成金も、今すぐにも子どもを欲しい!と願っている不妊治療者に投げこむことこそ、最速の直球。そんな簡単なことをどうしてわからないのか。やはり私達50代以上が邪魔をしているに違いない。
面倒だろうが、複雑だろうが、制度に必須は『多様性』
「一律」や「二者択一」があってはならない。それが現代・少子化政策の『肝』
少子化政策ではドイツからもモデルとされているフランスだが、元々、他と比較などせず、自分達のことしか見ないフランス人達は、母国の優秀さなど気づこうともしないし、政府も「まだまだ問題は山積み」と推進の歩みを緩めていない。
むしろ重箱の隅を突くかのように「この場合はどうだろう?」「こういう立場にとっての苦労は?」と問題を探し出してきては対策を練り続けている。
日本のような「所得制限を有りにするか無しにするか?」の「二者択一」も、あり得ない。
所得制限の有無は項目ごとに事細かに異なり、制限ありについても、限度額を3〜4段階に分け、さらに子どもの数によっても変動。
複雑で面倒なこと、この上ないが、そうしなければケースバイケースの対応はできず、やがて様々な方面で不満が募り、少子化につながってしまうからだ。
スウェーデンやフィンランドなど北欧の「有給産休1年制度」についても世界では称賛されているが、実際には「1年の産休期間は悪夢」とする現地一部の声を検証。
フランスは産休にもバリエーションを作り、出生後3年以内ならば親達が都合の良い時期をチョイス可能。カップルで時期をずらしたり、産後はすぐに職場復帰し子どもが3歳前後や、次の子も生まれて大変な時期に備えて保留するなど、それぞれ自分で考え工夫できるようにしている。
制度に従う「受け身」ではなく、制度を利用&活用する「自主」精神も持てるので、それこそ、気難しく我儘、バラバラに行動するのが大好きなフランス人向き。
こういった政府の手綱の引き方も、フランスの少子化政策が成功した理由の1つ。
男女数、世代、「一律」や「二者択一」のない制度、それぞれ選択、考え工夫可能なシステム・・・などなど。文字や言葉だけでない『多様性』の真の意味を念頭におくことこそ、「違和感」ではなく「異次元」の少子化政策につながると思うのだが、どうだろう。
筆者紹介:
祐天寺りえ(1964年・横浜生まれ)
フランスのスキー場・メリベルに29年在住。著書「フランスだったら産めると思った」(原書房)「フランスの田舎暮らしとおいしい子育て」(小学館)「食いしん坊の旅」(パラダイム出版)