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2023.02.01

「難民支援に活かすスポーツの力」<体育と保健の広場への寄稿>

特別企画1 スポーツ再発見!! 難民支援に活かすスポーツの力

大修館から出された体育教師向けの冊子、体育と保健の広場に「難民支援に活かすスポーツ力」について書いてみました。これまでネパールやタンザニアにある難民キャンプを訪れて、ニュースステーションや報道ステーションでの取材をもとに書きました。

――宮嶋さんは,オリンピックなどスポーツ現場の取材に加えて,難民キャンプも取材されてきました。まずは難民キャンプの生活をご紹介ください。

 スポーツが人々の生活にどのような影響を及ぼすのかを知りたいと,ネパールとタンザニアにある難民キャンプを訪れてスポーツ支援を行い,さらにその様子をドキュメンタリー番組にしてきました。

紛争や迫害などの理由で故郷を追われた人々が,一か所に集められて生活をするのが難民キャンプです。愛する人を失ったりはぐれたり,辛い体験をしている人々がキャンプに入ることで,まず安全は保障されます。国連難民高等弁務官事務所(UNHCR)から衣食住の支援もあります。

しかし,衣食住があるからと言って,人間はそれだけでは生きていけるものではないようです。将来への希望や日々の楽しみがなく,メンタルヘルスの不調を抱える人も少なくありません。また,過度なストレスからアルコールに走ったり,家庭内暴力を始めとする暴力問題を起こしたりする人もいます。夜間の照明設備もままならない難民キャンプの中で,性被害にあう女性もいます。現地スタッフからは,支援品で女性用の下着が必要不可欠,と聞いたことがあります。こうした生活の中,疑心暗鬼になってさらに心の健康を損なう人も少なくないのです。

――そもそも,その日の生活にも困窮している難民にとって,スポーツは必要なのでしょうか?

最初に行ったのは,ネパールのダマク難民キャンプでした。オリンピック・バレーボールの金メダリスト3人が指導する形で,練習1日,試合2日というスケジュールで,若者を対象に行いました。15歳ぐらいの少女たちが,「こんなに遊んだのは生まれて初めて」と目を輝かせて言っていたのが印象に残っています。女子には幼い頃から糸を紡ぐ仕事が与えられていて,遊ぶという機会がほとんどなかったのです。

20世紀の歴史学者ヨハン・ホイジンガは,人間の本質を「ホモ・ルーデンス=遊ぶ人」としました。実際,「遊び」が人間に与える影響,ひいては文化への影響を実感したエピソードがあります。

私はダマクのキャンプに2度行きました。2か月後の世界難民の日に再び訪れると,若者が中心になって,私たちが贈ったネットと現地の竹でさっさとコートを作ってバレーボール大会を催していたのです。若者が率先してキャンプの人々のためにイベントを行うという仕組みができていて驚きました。さらに,木陰で円陣パスをしている子どもたちに出くわしました。ボールがなかったためか,新聞紙を丸めてそれを紐でぐるぐる巻きにしたもので男の子と女の子が一緒に遊んでいたのです。それまで男女の子どもが一緒になって遊ぶ習慣はなかったと聞いた時はスポーツが持つ力に驚かされました。新しい文化が生まれたのですから。

また,アフリカのタンザニアのキゴマ難民キャンプでは,元マラソンランナーの瀬古利彦さんやジュマ・イカンガー,早大競走部員が中心になって,EKIDEN FOR PEACE と銘打った駅伝イベントが行われ,それを取材して番組にしました。人生で初めて真新しいソックスとシューズを履いて,Tシャツにビブスを付けた子供たちには,戸惑いと興奮が一緒になったような表情もあれば,全身で踊り出してはしゃぐ者もいました。まさにスポーツが彼らの生活の中に非日常を持ち込んできたのです。タスキを受け取って与えられた距離を完走した後の満足そうな子どもたちの表情……,引っ込み思案で大人の陰に隠れるようにしていた女の子が,駅伝を走った後,自信を得たのか堂々としてスキップをしていた姿が印象に残っています。ハッピーハッピーサンキューサンキューと繰り返していた人もいましたね。

このイベントはRIGHT TO PLAY というカナダに本部がある国際NGOが手伝ってくれましたが,彼らは人間の生活に何が大切なのかを良くわかっていたように思います。人間が生きていく上で衣食住の他に「遊ぶ」ということや,「新しい経験」が大きな意味を持っていることを理解して,スポーツ支援を行っていたことがひしひしと伝わってきました。

――なるほど,難民キャンプの生活の中で,スポーツには幅広いニーズに応える力があるのですね。

私が訪れたキャンプでは,難民たちは自家用車を持っておらず,生活に必要な水や食料は自力で運んだり,畑仕事をしたりと,日常の身体活動量は多いように思いました。ですから運動不足解消というよりも,日常生活にはない身体運動を他の人と一緒に楽しんで行いながら,精神的なストレスを発散できている点が大きな意味を持つのだろうと思います。

ネパールのキャンプを訪れた時,素晴らしいシーンを目の当たりにしました。近隣の村人は長い間キャンプの存在を冷ややかに見ていたのですが,我々バレーボールの指導者が来たことを聞きつけ,難民キャンプができてから25年の歴史で初めて,村人がキャンプの中に入ってきて難民と一緒にバレーボールの試合をするという出来事があったのです。どんなにいがみ合っていた人々でも,スポーツを通じて交流することで,互いに握手をすることが可能になることを実証した場面で,感動しました。スポーツによって,凝り固まった身体も心もほぐされるということでしょうか。

――難民の人々の心と体の健康に,スポーツがつながっているという点は,保健体育という教科を考える上でも,大変興味深い点です。

以前,国民のスポーツ実施率が高いフィンランドに取材に行った時に,中学校の体育教師から伺った言葉があります。「スポーツにはトップアスリートを目指すためのものと健康のためのスポーツがある。だれもがトップアスリートになれるわけではないが,スポーツによって誰もがアクティブな生活を送ることができる」というものです。保健体育にある心身ともに健康な生活を送る大切さは皆が望むところですが,ではどうすればよいのかという最初の入り口が大切だと思います。最近では,身体運動が脳に及ぼす効果が研究されるようになっていますが,まさにここだと思います。筋肉を動かすことでマイオカインが分泌されて脳細胞を活性化し,さらにはがんを抑制する効果もあることがわかってきています。

様々な自由が制限されている難民キャンプは,ある意味「籠の鳥」のような環境です。過度なストレスで不健康な生活を送っている人々にとって,スポーツによってもたらされるものはとても大きいと思います。身体の健康だけでなく,脳内細胞の若返りや脳のリフレッシュ,さらには今まで見過ごしていた仲間への新たな気づき,協力しあって何かに向かっていく面白さ,絡みついていた心のバリアを取り払ってくれる効果――,などの恩恵があるからです。スポーツによって,人々が生きることを積極的にとらえられるようになれば,それは大きな成果だと思います。まさに,フィンランドの教師の「スポーツを通してアクティブな生活を送ることができる」ということを体現しているのだろうと思います。

参考:https://www.tv-asahi.co.jp/announcer/personal/women/miyajima/essay/88.html

http://www.tv-asahi.co.jp/dap/bangumi/hst/feature/detail.php?news_id=6462


宮嶋泰子


テレビ朝日では,ディレクター兼リポーターとしてスポーツ報道で長く活躍。現在は一般社団法人カルティベータ代表理事として,YouTubeや記事で情報を発信中。国連UNHCR協会理事,日本バレーボール協会理事,Bリーグ理事,日本新体操連盟理事などを歴任後,現在は日本障がい者スポーツ協会評議員。2016年度日本オリンピック委員会女性スポーツ賞受賞。

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