第19回女性スポーツ勉強会「表現するスポーツを考える」マスターズや女性スポーツなど
カルティベータ・女性スポーツ勉強会19回「表現するスポーツを考える」
小谷実可子さん「男女一緒の楽しさと豊かさ」、伊藤みどりさん「歳を重ねるほど感じる魅力」
スポーツ文化を育てる活動を展開する「カルティベータ」による、女性スポーツ勉強会が7月6日、都内表参道の東京ウィメンズプラザ・ホールで開かれた。対面とオンラインのハイブリッド形式での実施。
19回目となる今回は、マスターズ競技で活躍する小谷実可子さんと伊藤みどりさんのほか、弁護士の置塩正剛さん、女子アスリート研究家の須永美歌子さん、新体操指導者の橋爪みすずさん、アスリートフードマイスターの鰐川せりなさんが登壇。専門の立場から、スポーツを通して豊かに生きるための発表が行われた。
まず冒頭では、主催者カルティベータ代表宮嶋泰子から、今回の裏テーマは「アンコンシャスバイアス、無意識の偏見や差別をなくそう」であると紹介された。続いて、80歳でアメリカ大陸の自転車での横断を敢行した市川榮一マスターズさん、マスターズ体操ワールドカップボストン大会に出場した65歳の沢木綾子さんと67歳の市場俊之さんらが登壇。そして、「時代はマスターズ! 生き生きとしたマスターズの方々が活躍する時代になっています」と宮嶋から紹介があり、この日のシンポジウムは参加者が自分の中に持っている無意識の偏見に気づく時間としたい旨が伝えられた。
■置塩弁護士「男女の線引きは明確にはできず、難しい問題」
続いて、弁護士の置塩さんが登場。「トランスジェンダー、DSDsアスリートの競技参加についての世界情勢」と題し、スポーツとジェンダー・セクシュアリティについての事例を紹介した。
まず、性別確認検査の歴史を紹介。視認検査から始まり、染色体検査や高アンドロゲン症検査、そしてテストステロン(男性ホルモン)値検査へと進化してきたことを話した。
「実際には、いずれの方法でも男女の線引きは明確にはできない。それにもかかわらず線引きを行おうとすると、深刻な人権侵害を引き起こします」と置塩さん。線引きが出来ないからこそ、トランスジェンダーやDSDsアスリートの競技参加が複雑な問題であることを提起した。
トランスジェンダー女性の参加については、IOC(国際オリンピック委員会)の対応を紹介した。IOCは2003年からは、性別適合手術を受けており、ホルモン治療を実施していることを条件に参加を認めた。その後、2016年には基準が緩和されて性別適合手術の必要性がなくなり、さらに2022年には新たな指針を発表。「選手が性自認や生物学的な性の多様性によって構造的に大会から排除されることがないように、公平性をもって作られなければならない」とした。今回のパリ五輪では、競技ごとの特性を考慮して、各競技団体が基準を定めている。
「トランスジェンダー女性の参加に対して、反対の要素は、競技の公平性や他の選手への影響があります。一方で賛成の要素としては、選手自身の権利や、多様性の促進、トランスジェンダー女性が必ずしも有利とは言いきれない、という意見もあります。競技の特性も踏まえて、それぞれの基準をどう定めていくかが、今後大切です」と話した。
またDSDs(性分化疾患)ついては、キャスター・セメンヤ選手の事例を紹介した。09年世界陸上800メートル女子で金メダルを獲得したものの、テストステロン値が高いDSDsであることが判明。人為的なものではなかったため金メダルは確定した。その後、2018年に国際陸上競技連盟(IAAF)が女性の出場資格として「テストステロン値の上限を5nmol/l」とする規定を導入したが、セメンヤ選手が規定の無効を求めてスポーツ仲裁裁判所(CAS)に訴え、棄却された。
「セメンヤ選手の言葉では『ギフト』であるが、『チート(不正)』という考えもある。競技によって違いもあり、本当に難しい問題で答えが出ていません」と置塩さんは話した。
■小谷さん、世界マスターズ混合デュエットで優勝「生き生きしてるねと言われる日々」
続いて、ソウル五輪シンクロナイズドスイミング銅メダリストの小谷実可子さんが登壇。まずは近況について話した。
「50歳を過ぎてからは『恩返しの人生だ』と、後輩たちのお手伝いをしようと数々の役職を受けてきました。東京2020オリンピック・パラリンピックではスポーツディレクターを努め、ジェンダー平等に関してさまざまな取組みを行いました。東京2020五輪のあと燃え尽き症候群のようになったこともあり、『これからは自分のために楽しいこともやろう』と、2023年の世界マスターズ(鹿児島)を目指しました」
マスターズでの復帰にあたっては、かつての指導者から「覚悟を決めて金メダルをとりにいきなさい」と言われたことで、プレッシャーも感じた。
「ちょうどその時、20代のコーチの子から『私達の憧れの存在である実可子さんがマスターズを目指すなら、今の最先端の技術、指導法でお手伝いさせてください。私を信じてついてきてください』と言われて、感動して弟子入りしました(笑)」
50代になってからの練習再開は過酷で、すぐに足が吊る日々。根気よく練習を続けた。
「気づいたらソウル五輪で出来なかった技ができるようになり、練習出来る時間が長くなり、楽しくなっていきました。結果、2023年のマスターズではソロ・チーム・デュエットで3つの金メダルを獲得でき、今度は、アーティスティックスイミングが男女平等の種目になったことをアピールしようと、2024年のマスターズ(ドーハ)で、安部篤史さんと組んで混合デュエットに挑戦することにしました」
安部さんとの練習を始めると、気付きがあった。
「練習していて思ったのは、男女でやると楽しいということ。パワフルな人が隣で泳いでいると今まで以上の力が出せますし、リフトも女性では出ない高さが出る。男子がいることで気づきや学びがあり、『男女一緒にやると楽しいし、豊かになる』ということを学びました」
最後に小谷さんは、3つの幸せの脳内物質について紹介した。
「成功や褒められた瞬間にはドーパミン、他の人に繋がって幸せを感じた時にはオキシトシン、そして体と心の幸福を感じているときはセロトニンが、それぞれ分泌されるそうです。私はマスターズに向かっていく日々の中で、皆から『生き生きしているね』と言われました。それは3つの脳内物質がでていたからだと思います。2027年には五輪のマスターズ版といわれる世界マスターズが行われます。皆さんも一緒に脳内物質を出しましょう!」
■伊藤さん「何歳からでも、滑りたいと思った日がスタート」
続いて、今年5月に国際アダルト競技会に出場した伊藤さんと、共に大会に出場したスポーツライターの野口美惠が登壇した。伊藤さんは、1992年アルベールビル五輪でアジア人初の銀メダルを獲得。引退後はアイスショーの座長として10年余、プロスケーターとして活動した。
「アイスショーを引退し40歳を超え、サードキャリアをどうしようかと思っていたときに野口さんから『アダルトの国際大会があるよ』と誘っていただきました。2011年に41歳で出場してみたら、40歳なんてアダルトの世界ではまだ赤ちゃん。80代の方がファッションピンクの衣裳を着て、自分の青春を謳歌している姿をみて、スケートはライフワークになるんだなと感じました」と伊藤さん。
国際アダルト競技会は、28歳以上の元選手や趣味のスケーターが参加できる大会。国際スケート連盟(ISU)の公認で行われ、公式戦と同じジャッジが採点する。
「参加者はみな仲良しで、自分が生きてきた証、生い立ちを演技で表現するので、リスペクトして応援合戦になる。みんなまた来年、元気に会おうね」と声をかけあいます」
伊藤さんは2011年の初参加後も、出場を続けてきた。
「ダブルアクセルは48歳までは跳んでいたのですが、コロナ禍でスケートを自粛しているうちに、身体の感覚が変わって跳べなくなってしまいました。それでも、滑りたい曲に出会ったんです。昨年は、福間洸太朗さんが演奏するシャンソンメドレー、今年は、坂本龍一さんの『aqua』を演じました」
そして伊藤さんはこう、思いを伝えた。
「高難度のジャンプを跳べないから恥ずかしい、という感覚はありません。私は滑ることそのものが楽しいのです。滑るときの匂い、味、空気、小さな体で広い会場を滑っているときの感動。年を負うほど、滑れば滑るほど、その魅力を実感します」
最後に伊藤さんはこう話した。
「スケートって、小さい時から始めないとできないという固定観念がありますが、今はそうではない。今は若い選手達の活躍でスケートを見る機会が増えてきましたが、次は『見るスケート』から『やるスケート』へ。やってみたいと思った日がスタートだと思います」
■須永さん「アスリートが健康を維持しながら競技力向上を目指せる環境を」
続いて、日本体育大教授の須永さんが登壇。運動生理学の視点からの、女性のコンディショニングについて話した。
「運動時生理反応の男女差や月経周期の影響を考慮し、女性のための効率的なコンディショニングの開発を目指しています。『痩せるほど良い』『無月経のほうが楽』という考え方への警鐘を鳴らし、科学的根拠をベースにエビデンスを紹介していくのが私の役割です」
まず、こう問題提起をした。
「女性アスリートに多い障害は、利用可能エネルギー不足から引き起こされる、視床下部性無月経や骨粗鬆症があるとされてきました。しかしこれは古い考えで、今はIOCが新しい概念として『スポーツにおける相対的なエネルギー不足(REDs)』という共同声明を出しています。この内容は、『スポーツにおける相対的エネルギー不足とは、スポーツや運動に携わるアスリートが経験することがある生理的・心理的な機能の低下が起こる症候群を表す。この状態は、長期間または重度の利用可能エネルギー不足によって引き起こされる』というもの。1つの症状ではなく、身体のあちこちに症状があらわれる、とされています」
続いて、利用可能エネルギー不足によって引き起こされる症候群の1つである月経障害について説明。月経障害が、運動パフォーマンスや筋神経系パフォーマンスに与える、さまざまなデータを発表した。また、改善策についてはこう話した。
「エネルギー不足のときには、エネルギーを取ること、なかでも糖質を貧血の改善はなされないため、糖質を重視することが大切です。1日に、体重1kgあたり6〜10gが望ましいとされています」
最後に、IOCのコンセンサスを紹介した。
「不適切な体組成評価や管理は、深刻な健康問題を引き起こす可能性があります。18歳未満のアスリートに対して体組成評価を実施することは、身体への不満や摂食障害のリスクを高める可能性があるため、医学的目的以外は控える、とされています。1番印象に残ったのは『Health first – Performance second』という言葉。アスリートが健康を維持しながら競技力向上を目指せる環境を整えていきましょう」
■橋爪先生「選択権は選手側にあることが重要」
続いて、日本女子体育大学教授で、日本体操協会の副会長の橋爪さんが登壇。長野県の高校教員として新体操部を指導し、全国高校選抜とインターハイで団体・個人優勝へと導いた経験を紹介した。まず2012年に方向転換を図る前の指導について、こう話した。
「新体操においては、減量を徹底することが大切と考え、1日4回体重を図り厳しく指導していました。辛い練習が成果を上げ、勝つことで解決すると信じていました」
しかし、いくら厳しい指導をしても実績が上がらなかった。
「ついには拒食症や過食症の選手が出現し、明らかな意欲の低下や、不平不満が続出する。ある時、夫から『家に帰ってきても、いつも怒っている顔をしている』と言われて、結果が出ないのは自分に原因があるのではないかと、立ち止まる時期がありました」
橋爪さんは、自らを見つめ直し、学び直しをするために大学院に入学した。
「そこで素晴らしい仲間に出会いました。栄養士、コンディショニングトレーナ、ドクターなど各分野の専門の方々です。自分が変わるきっかけになり、自分ひとりで全部やるのではなく、役割分担をして、生徒により良い環境を提供することが大切だと気づきました」
それからは、橋爪さんの指導は一変した。
「まず自分の身体と向き合ってもらうため、選手たちに栄養指導を行いました。また年に数回の身体組成の測定や運動能力調査をし、栄養士による適切な指導、トレーナーやドクターによるケアを継続しました。また試合には管理栄養士を帯同し、試合に適した3食を提供してもらいました。専門は専門家に任せるという考えです」
この指導が、結果的に選手の自主性を育てていった。
「選手たちは、食事調査として自分が食べたものの写真を記録し、栄養士とキャッチボールをします。食事の教育を通じて自己管理能力が高まり、自ら考えて行動し、自立したアスリートへと繋がりました。最終的には人間関係も変わり、全国高校選抜とインターハイで全国1位を経験することが出来ました」
現在では、教えた高校生達が、指導者として戻ってきてくれるようになった。
「自分で考えて選択し、行動できる選手を作ることが何より大切です。与えられた目標ではなく自分で立てた目標に向かっていくこと。選択権は選手側にあることが重要なのです」
■鰐川さんが競技別のお弁当を提案、梅本さんによるストレッチタイムも
また、小谷さん、伊藤さん、橋爪さんの講演の後には、アスリートフードマイスターの鰐川さんによるお弁当の提案があった。小谷さんに対しては、710Kcalのお弁当。「浮力となる脂質もとれるもの。足がつる対策として、カルシウムとマグネシウムが含まれる厚揚げ・ツナ・大葉の副菜を入れています」
伊藤さんには、小豆入りの発酵玄米ごはんを入れた550Kcalのヘルシー弁当。
「フィギュアスケートはジャンプの着地で関節への負担もあるので、主菜にはコラーゲンのとれるお魚を選びました」
また新体操部への弁当としては、550kcalで豚肉が主菜の弁当を提案した。
「主菜には脂身の少ないロース肉でチーズと三つ葉と梅を巻いたもの。ご飯は、発酵玄米にひじき、小豆、しいたけ、人参、おあげを入れて栄養と彩りを豊かにしました」
さらに休憩時間には、スポーツトレーナーの梅本耕考さんによるストレッチタイムがあり、参加者らはそれぞれのレベルにあわせたストレッチで、心と体をリフレッシュさせた。
最後に、カルティベータ監事の檜森隆伸さんがあいさつ。
「今日のお話には感動しました。特に橋爪先生の、個性を重視する指導は、今の日本社会が抱えている病理の確信であり、怒られて動くのではなく個性を重視する必要性を感じさせるお話でした」と締めくくった。
次回の勉強会は、11月2日。日本におけるジェンダー研究の第一人者で、東京大学名誉教授の上野千鶴子さん、筋肉研究のオーソリティー元国立大学法人鹿屋体育大学学長福永哲夫教授、高尾美穂産婦人科医師が登壇する。
11月2日の詳細とお申込みはこちらから↓↓↓ 画像をクリックしてください。
リポート:野口美恵
野口美恵スポーツライター
元毎日新聞記者。自身のフィギュアスケート経験を生かし、ルールや技術、選手心理に詳しい記事を執筆している。日本オリンピック委員会広報としてバンクーバーオリンピックに帯同。ソチ、平昌オリンピックを取材した。主な著書に『羽生結弦 王者のメソッド』『チームブライアン』シリーズ、『伊藤みどりトリプルアクセルの先へ』など。自身はアダルトスケーターとして樋口豊氏に師事。11年国際アダルト競技会ブロンズⅠ部門優勝、20年冬季マスターゲームズ・シルバー部門11位。
カメラ:増山正芳
この事業は公益財団法人JKAの公益補助事業として行われました。