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2021.07.24
スポーツ・芸術・文化 世界の国から 女性とスポーツ・ジェンダー平等

オリンピックは何のためにあるのか?

一年遅れの2020東京オリンピック開会式(2021年7月23日)に思う

開会式を見ながらつらつらと心に浮かんだことを書いてみます。

これは2021年JOA(日本オリンピックアカデミー)バーチャルハウスオープニング記念フォーラムでお話をした内容となります。

賛否両論ある中、オリンピックは決行

昨日の開会式、私は複雑な思いで見ていました。

基本的に、コロナ禍でデルタ株が急拡大し、患者が急増している中でオリンピックを開催するのは海外から何万という関係者を日本に流入させることに他ならないので、その開催には反対を唱えてきました。しかし、押し切られた形で開会式を見ることになります。

新型コロナウイルス感染については、オリンピック関係者に限っても今日(7月24日)も17人の感染が明らかになっています。今月1日から今日24日まで大会組織委員会が発表した累計で123人になっています。

スポーツは平和であるからこそできるものです。これがオリンピックの根本にある考え方です。

ところが今は平時ではないのです。平和と言える状態ではありません。

イギリスを始めとする海外メディアも、「始まったはいいが、この大会に大いなる疑問」を呈し始めています。なぜならオリンピックを取材するためにやってきた記者たちが日本のコロナの現状も調べてリポートしているからです。

欧米に比べてはるかに少ないと思われていた日本のコロナ罹患者ですが、実際は単にPCR検査を十分にしていないので実数が不明であること、さらにはワクチン接種率も異常に低いということがわかってきたからでしょう。

まさにコロナと戦っている戦時中に強行されるオリンピックです。

開会式とは何か?

さて、私はテレビ朝日の一員として1980年のモスクワ大会から2018年の平昌(ピョンチャン)大会まで、計19回のオリンピックを取材してきました。

過去の開会式で一番印象に残っているのは1994年のノルウェー・リレハンメルで行われた冬季大会です。

ノルウェーの生活や文化が冬のスポーツといかに関係してきたかというストーリが描かれ、最後に大きな卵のようなものが現れたのです。一体あれは何だと村人が集まっていきます。

大きな卵は地球儀に変わり、そしてその中から大きな鳥と鳩が飛び出してくるのです。見事な平和のメッセージでした。

氷点下20度の山のジャンプ台で行われたこの開会式は、静かな音楽ととともに、寒さも忘れるほど心にダイレクトに響いてきました。

オリンピックというのはこのように平和であることを祈りながら、行われるものなのだなあと強く感じたのを覚えております。

そうです。「平和を祈りながら」行われるべきものなのです。

実は、このリレハンメル大会が行われた1994年の一年前、IOCは国連と連携してオリンピック休戦を提唱していました。そしてIOC会長の言葉でオリンピック休戦の宣言が行われた初めての大会がリレハンメル大会だったのです。

フィギュアスケートのカタリーナビットは反戦歌「花はどこへ行った」をテーマ曲に選び、サラエボの平和へのメッセージを切々と伝える演技を行いました。
ビットはかつてサラエボで金メダルを獲得していました。プロとなって再びカムバックしてきた彼女の演技は往年の切れやジャンプはありませんでしたが、その演技に込めた思いは見る者にしっかりと伝わってきました。

さらに、この時は、市民団体も難民救援などを呼びかけて、募金運動を展開し始めました。これに呼応する選手も現れました。

スピードスケートで3冠を果たしたノルウェーのヨハン・オラフ・コス選手は、共感して金メダルの報奨金を寄付するなど、サラエボへの支援や反戦を訴える動きが広がりました。

私はこれがオリンピックの姿だと思っています。

一人一人の選手や国ごとのメダル争いなどは、こうしたことに比べれば大した意味を持っていないようにさえ思います。

もちろん一人一人の選手は、オリンピックという舞台に集まることを夢見て、研鑽を積んできたのですが、オリンピックそのものが持つ意味合いは、一人一人のパフォーマンスにあるのではなく、世界の人が集うというたぐいまれな機会に何をそこで発信し、皆で共有できるかということだと思うのです。

昨日の2020TOKYOオリンピックの開会式を見る限り、次から次に小さなパーツが組み合わされていくだけのパフォーマンスの連続は、全体としての流れが感じられず、そこから何を世界の人に訴えかけたいのかが私には何も感じられませんでした。
ことによると、開会式にテーマがないのではなく、この大会そのものに本当の意味でのテーマが欠如しているのかもしれません。

個人的に興味があるもの

1:ジェンダー

さて、今回のオリンピックで注目をしたい点、2点を挙げておきます。

その1:この大会の柱として以前から作られていた3つのテーマがあります。

「全員が自己ベスト」、次に「多様性と調和」、そして「レガシー」です。

私はその中の「多様性と調和」をたっぷりと味合わせてもらいたいと思っています。

ジェンダー平等はSDGs5番目の目標でもあります。すでにそれは開会式を見ても、数的にはかなり実現されてきていることがわかりました。

IOCも今回から開会式での旗手は男女一人ずつにしたのですが、画面で見る限り、普段行動を共にしていない男性と女性が共に仕事をするのは一筋縄ではいかないことが面白いようにわかりました。身長差がある二人、旗を振ろうと動かすとお互いに引っ張り合って、うまくかみ合いません。そんなシーンが次々と見受けられ、何やらほほえましくも感じてしまうほどでした。

男女だけでなく、LGBTQの方の参加が多くあります。すでに160名が表明されているとのことです。

人種や宗教、年齢も含めて、多様性と調和の象徴として、聖火の最終点火者に大坂なおみさんが選ばれたのでしょう。ブラックライブズマターでもしっかりと自分の意見を言った大坂さんが指名されたのも当然だと感じています。

これからアスリートは社会的な側面での発言も求められる独立した一個人として自立していくことも求められるのだと強く感じた瞬間でした。

個人的に思うことは、今後IOCがリードすべきテーマとして、男女の数だけでなく、女性の選手が強いられている理不尽な点も改善していくべきだということです。例えばビーチバレー あのビキニは必要でしょうか。

先日オリンピック種目ではありませんが、ビーチハンドボールが行われ、ノルウェーの選手がビキニではなく短パンを履いたところ、罰金を取られました。こうしたルールも、今後は女性の権利として変えていく必要があるのでしょう。

現在は少しでも観客動員やテレビ視聴率をよくしたいという点でビキニなどが共用されています。しかしそうしたきわどい水着姿を見せることがスポーツの本来の楽しみ方ではないはずです。

また、セメンヤ選手などが翻弄されている性分化疾患などの選手に対する基準や、男性から女性に変わったトランスジェンダーの方に対する出場基準などもこれからあらゆる点から考えていくことが望まれるのだと思います。

2:難民選手団

前回のリオデジャネイロオリンピックから結成されるようになった難民選手に注目します。

開会式ではギリシャに続いて2番目に登場してきた難民選手団ですが、本当に人知れず生き抜くことに苦労してきた人たちばかりです。

私もこの15年ほど、難民キャンプに何度も取材に行き、住む土地を追われ、人間としてギリギリの生活をする中で、スポーツをするということの意味、それがもたらすもの等を取材して番組を作ってきました。

人はパンのみにて生きるにあらず。

目標や日々を潤す生活があって初めて人は人間らしく生きていくことができるのです。

女性差別が著しいアフガニスタンで、自転車に乗っていて石をぶつけられた女性が難民となって、異国の地で本格的なトレーニングを始め、東京にやってきました。

ザイール、現在のコンゴ民主共和国、戦火を逃れ走って走って、家族ともはぐれたどり着いた首都キンシャサ。ストリートチルドレンとして学校にも行けずただ日々を生き伸びるのが精いっぱいだった少年は、たまたまたテレビで目にした柔道の映像に心を奪われます。「あんな風に強くなりたい」。ただその思いで柔道を始めた少年が今に至る経験を、涙ながらに語ってくれたその姿を私は忘れません。

自己の生存でさえ危うい時にスポーツが果たした役割は何なのか。スポーツがなければ、今、自分は生きていないと断言する彼ら。スポーツを通じて多くの学びを得たいと遠くを見つめながら語るその姿に、私は真のスポーツの価値を見出すのです。スポーツは彼らが生き抜くために必要な「希望」の光を持っているのです。

競技における結果ではなく、一人一人の人生を変えたスポーツというのをこのオリンピックで見つめてみたいと思っています。

Reported by 宮嶋泰子

宮嶋泰子


スポーツ文化ジャーナリスト。 (一社)カルティベータ代表理事。1977年にテレビ朝日にアナウンサーとして入社。1980年のモスクワ五輪から2018年平昌五輪まで五輪現地取材は19回。ニュースステーションや報道ステーションでスポーツ特集を制作するディレクター兼リポーターとして、スポーツを通して世界の文化や問題を考える番組を制作し続けてきた。2020年2月に独立して現在に至る。
日本障がい者スポーツ協会評議員、日本新体操連盟理事、日本プロバスケットボールリーグ理事、日本オリンピック委員会広報専門部会副部会長、国連UNHCR協会理事。日本女子体育大学招聘教授。

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