「子どもの体力①~⑤」動画シリーズで見えてきたもの 。体育とスポーツの違い。学校の中と外。
改めて気づいたこと
田中千晶さんの研究をもとに「子どもの体力研究①~⑤」動画を作り終えて、本当に驚いたことがいくつかありました。
日本の子どもたちの身体活動の多くが「学校」を中心に行われているということにデータを見ながら改めて気づかされたのです。
学校の行きかえりに徒歩や自転車を使って移動する行為は世界的にもナンバーワンとのこと。他国ではスクールバスの利用や親が車で送り迎えすることがほとんどです。日本は子供たちが徒歩や自転車で通学できる安全な国ということなのでしょう。
週に2度の体育の時間が設けられ、子どもたちは体操着に着替えて、少なくとも45分の3分の1は活発に動き、そこでは女子もしっかり体を動かしているということ。さらにそこに掃除の時間も身体活動時間として加わります。
スポーツ庁の調査によれば、中学2年生男子の90%が組織化されたスポーツ組織で身体活動をしており、女子は70%とのこと。これは学校の部活動と地域のスポーツクラブでの活動が当てはまります。その成果もあり、国際比較では日本の子どもたちの体力は世界でナンバーワンというのですからこれまた驚きです。
こうしたデータを見ながら、なぜ、日本では大人になるとスポーツから離れていくのか、その理由が少しわかったような気がしました。子どもたちの身体活動のほとんどが「学校」を中心に行われているために、学校から離れてしまうと、その機会がガクッと失われてしまうのではないでしょうか。
学校が中心であるからこそ、小中学生の段階では体力は世界一になるのでしょうが、それは学校から離れると身体活動をする機会が激減することを意味しているように思います。
学校の中での体育
日本の学校体育は明治5年に学制が発布されて以来、第二次世界大戦が終了するまでの70年間、富国強兵のための教科として位置づけられてきました。ですから内容的には軍隊的な上下関係や指導者への服従などが基本とされてきました。
戦後、その体育が変化を遂げて現在の形になりました。現在、スポーツ庁のホームページには体育と運動部活動についてこのように書かれています。
「現行の学習指導要領では,生涯にわたって運動に親しむ資質・能力を育てることや体力の向上を図ることをねらいとして,小学校から高等学校までを見通して,指導内容の系統化や明確化を図っています。
また,学校教育の一環として行われる運動部活動は,スポーツに親しむとともに,学習意欲の向上や責任感,連帯感の涵養等に資する重要な場であるため,スポーツ庁では,運動部活動をより充実させるための取組を行っています。」
簡単に言えば「体育」とは将来の生活において大切な身体運動の基礎について学ぶもので、「運動部活動」はスポーツに親しみながら、付随する責任感や連帯感などを自然と養成していく機会ということでしょうか。
体育とスポーツ
フィンランドの体育の先生から学ぶ
同じ身体活動ではあるけれど、「体育」と「スポーツ」は別物であるとよく言われます。確かにスポーツ庁の運動部活動の記述の中には「スポーツに親しむ」とはあっても「スポーツを楽しむ」というような文言は見られません。学校での活動となると「楽しむ」という言葉はなかなか使えないのかもしれません。
しかし、Play baseball(野球をする)、 Jouer au tennis(テニスをする) 英語もフランス語も動詞は「遊ぶ」です。この楽しむ、遊ぶ感覚がスポーツとってのキーワードとも言えるのではないでしょうか。なんといってもスポーツの語源はラテン語のDeportare です。日々の生活から離れること、すなわち気晴らしをする、楽しむ、遊ぶなどを意味するのですから。
フィンランドのスポーツを取材したことがあります。フィンランドの学校には体育もあります。中学校で体育指導を行うユハ・ヒマネン先生はこう言いました。(フィンランドの体育教師はユヴァスキュラ大学大学院を卒業しなければなれません。この大学では国際的な学会などもよく開催されておりスポーツや体育理論では一流と目されています。)
「教える目的はアクティブなライフスタイルを見つけることだと思っています。健康のためのスポーツと、競技のためのスポーツの二つがありますが、誰もがトップアスリートになれるわけではありませんが、だれもがアクティブな生活を送ることはできます。」
アクティブな人生を送るためにも、身体運動は欠かせないので、その重要性を教えるのが中学校の体育の意義だというのです。
フィンランドは北欧の国だけに、秋には長雨が続き、その後ほとんど太陽の光が届かない長い冬の季節を迎えます。そんな中、うつ病になり自殺する国民が後を絶ちませんでした。タバコや酒の依存症も増える一方でした。それを何とか解消したいとフィンランド政府は競技スポーツではなく、健康のためのスポーツ施策に予算をつぎ込む選択をしたのです。そのため、現在でもフィンランドのスポーツ実施率はヨーロッパでも群を抜いています。一時は成人の週一回のスポーツ実施率が90%を超していたほどです。
フィンランドでは学校の体育で体を動かすことに興味を持たせ、同時にその大切さも教科書でしっかり教えていきます。その結果、ほとんどの子どもたちは放課後地元のスポーツクラブに通うようになります。中には親子で同じクラブに通うことも少なくありません。日本の小学校中学校に当たる基礎総合教育を終えて、高校や職業専門教育、さらには大学と学校は変わっても、地元にいる限りはクラブで仲間とスポーツを続けていくのです。
日本の場合は「体育」の授業が行われている学校で、放課後「運動部活動」を行うため、子どもたちがその学校から離れると同時に、スポーツからも離れてしまうのでしょう。
ヨーロッパのクラブ文化
ヨーロッパで取材をすると、親子で同じスポーツを楽しんでいるという人々によく出会います。中には祖父母の代からそのクラブのメンバーという家族も少なくありません。自分が暮らすコミュニティーにあるクラブでは単にスポーツをするだけでなく、アフタースポーツで一緒に飲食を楽しんだり、時にはパーティーもします。みんなでワイワイと楽しむのが基本にあるのです。当然地域に住む様々な年齢の方が集まりますので、多世代交流、異年齢交流となり、学校では作れなかった新しい人間関係も生まれてきます。もちろん人によっては煩わしいと感じるところもあるでしょう。
フィンランドのオールという町で、雪上バレーを取材したことがあります。マイナス15度の中で、雪の上でバレーボールを行い、大会までやってしまうのですから恐れ入りました。プレーもさることながら、ゲームが終わった後、皆でプレーを振り返りながらお喋りをしている様子が実に楽しそうでした。
オランダの北部、フリースランド州の町中にあるスケート場では、冬の朝、中高年のスケーターがスケートリンクの開場を待って列を作っているのです。大勢の大人たちが400mリンクで同じ方向に滑っていると自然発生で風が生まれます。これには驚きました。70歳代の老夫婦がペアルックで一緒に滑る様は本当にかわいらしい。しばらく滑った後はリンクの横にあるカフェでお喋りタイム。コーヒーやビールを飲みながら友人たちと長話をして笑いあっているのです。スポーツをした後、ゆっくり食事やお喋りができるスペースはヨーロッパのスポーツ施設には必ずあります。これが楽しみで来ている人も多いのだろうと思います。
日本の総合型地域スポーツクラブ
そして運動部活動
平成7年(1995年)に文部科学省が音頭を取って作られた総合型地域スポーツクラブ。ヨーロッパで見られる多世代、多種目の地域密着スポーツクラブを目指して作られました。誕生してから25年が経過して、現在日本全国に3500以上存在しています。学校の施設を使ってクラブを運営しているところも少なくありません。
総合型地域スポーツクラブも少しずつ根付いてきたと一息ついたとたんに、2020年の新型コロナウイルスの拡大です。人と密に接触してはいけないと運動する機会を奪われ、大きなダメージを受ける形になりました。活動が停止し、20年以上頑張ってきたのにもう限界と辞めるところも出始めています。
学校の運動部活動に関しては教師たちから長時間労働に対する悲鳴も聞こえてきます。外部指導者制度を導入して工夫をしているところもあります。また練習時間の短縮に伴って、より効率的に練習を組み立てる必要に迫られているところも少なくありません。現状では運動部活動の縮小や廃止に歯止めが利かなくなり始めています。
衰退し始めているといえる運動部活動ですが、それを地域のクラブが受け皿になっていこうという動きが加速しています。ただ、それが中学生、高校生の若者の強化だけのスポーツ組織ではなく、大人になっても続けられるような、人生をアクティブに魅力的に過ごすためのものになっているかどうかが大切です。
総合型地域スポーツクラブの中には、すでに中高年の地元の方々の生きがいの場になっているところが少なくありません。そこに若者をどう取り込んで、彼らの活動が長く続けられるようにしていくか、地域の子どもたちを育てるのは学校だけでなく地域のクラブでも・・・そんな考えも必要でしょう。いろんな世代の人たちが混ざり合って織りなす地域社会を目指してまだまだ試行錯誤が続きます。
でも、とっても面白そう!
まとめ
2020年、人類はこれまでにない経験をしました。コロナ禍によってステイホームを強いられて、人と人が直接会って共に何かを作り上げる時間と空間の大切さを強く感じた方も多かったのではないでしょうか。クラブの存在意義の鍵はそこにあるように思います。
今回、データを見ながら、学校の持つ力も感じ、学校の限界も感じることができました。体育とスポーツの違い、運動部活動とクラブの違い、それを改めてデータを見ながら考えることができた「子どもの体力シリーズ①~⑤」でした。
ご教授くださった桜美林大学田中千晶准教授、ありがとうございました。
そして動画をご覧くださった皆様、ありがとうございました。
まだご覧になられていない方は下のリンクからどうぞ。
子どもの体力① https://thecultivator.jp/wp-admin/post.php?post=900&action=edit
子どもの体力② https://thecultivator.jp/content/2020/05/13/903/
子どもの体力③ https://thecultivator.jp/content/2020/05/16/905/
子どもの体力④ https://thecultivator.jp/content/2020/05/22/910/
子どもの体力⑤ https://thecultivator.jp/content/2020/05/28/915/
2020年6月3日
執筆者紹介:宮嶋泰子
スポーツ文化ジャーナリスト 元テレビ朝日スポーツコメンテーター (一社)カルティベータ代表理事
テレビ朝日にアナウンサーとして入社後、スポーツキャスターとして仕事をする傍ら、スポーツ中継の実況やリポート、 さらにはニュースステーションや報道ステーションのスポーツディレクター兼リポーターとして自ら取材し企画を制作し続けてきた。
1980年のモスクワ大会から平昌大会までオリンピックの現地取材は19回に上る。43年間にわたってスポーツを見つめる目は一貫して、勝敗のみにとらわれることなく、 スポーツ社会学の視点をベースとしたスポーツの意味や価値を考え続けるものであった。2016年には日本オリンピック委員会からの「女性スポーツ賞」を受賞。
1976年モントリオールオリンピック女子バレーボール金メダリストと共にNPOバレーボール・モントリオール会理事として、 日本に定住する難民を対象としたスポーツイベントを10年以上にわたり開催、さらには女性スポーツの勉強会を定期的に行い、 2018年度内閣府男女共同参画特別賞を受賞。
社外の仕事として文部科学省青少年教育審議会スポーツ青少年分科会委員や日本体育協会総合型地域スポーツクラブ育成委員会委員、 日本オリンピック委員会広報部会副部会長、日本障がい者スポーツ協会評議員他、多くの役職を務める。